雑感
この間、日付の感覚もなにもなく、ただただ、店に物資を求めてやってくるお客さんの対応、様々な理由でかかりつけの病院へ行けない患者さんへの対応、食料の心配、行方不明になっている知人の情報収集、、、それだけで明け暮れてきた。
それも徐々に普段の生活に戻りつつある。
その一方で、
時間が経つにつれて被害者情報が明らかになってくる。
連絡がとれずに気を揉んでいた知人が九死に一生を得ていたという情報のすぐあとに、他方からは津波で命を落とした知人の情報が入ってくる。
津波は、私のいる場所から3~4kmのところまでやってきた。
昔よく、リュウを連れて散歩をした海岸の町は、もう何も残っていないという。
新聞の写真で見たその町は、どこかの戦場の跡のようだった。
その町から避難してきているおばあさんは、店の新聞の死亡者名簿を食い入るように見ていた。
知っている人がいっぱいいる、と。
とあるブログに、
「TVを見ていたら、大津波警報が出ているのに海岸のすぐそばを車が走っていた。なぜ逃げないんだろう?と疑問に思った」
と書いてあった。
それはたぶん、地震が起こった後に、家に残してきた家族(多くはお年寄り)を迎えに行った車だと思う。
地震が収まった後、仕事場から急いで家へ戻ったという人は多い。
自分だけ逃げようと思えば今回の津波で命を落とさずに済んだ人はもっと多かったのではないかと思う。
家に残っていた、自分自身では逃げられないお年寄りや動物たちを見捨てられないからこそ、大津波警報の中で車を走らせていたんだと私は思う。
94歳の寝たきりのおばあさんを連れて逃げようとしたら、そのおばあさんに「私はもういいがら。あんだだけは絶対死んでだめだ」と自分を置いていくように言われたというおばさんがいた。
残された人、助かった人の傷の深さは計り知れない。
ご主人を勤務先で亡くされた、うちの常連の奥さんが言っていた。
「ショックとかなんとかよりもさ、(ご主人が)水飲んで、苦しかったろうなぁ~と思ってさ。。。」
改めてこの震災で命を落とされた方々のご冥福をお祈り申し上げます。
いまだ行方が分からない方々が、一日も早く、ご家族の元へ帰られますように。
避難されている方々が、一日も早くご自分の生活を取り戻せますように。
家族を失った動物たちに、また新たな家族が出来ますように。
